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教えよう - 体育授業における工夫と注意点

教えよう

体育授業における工夫と注意点

競技団体が定めたいわゆる公式ルールを絶対視するのではなく、目の前の子どもたちの実態に応じてルールを工夫し、どの子にとってもいま持っている力で取り組むことのできる「やさしい」ゲームをつくるということは、ボールゲームの授業を構想していく際に、すでに先生方の常識になりつつあると言えるかもしれません。とくに小学生は、その発達段階から見ても公式ルールでゲームを学習することは難しいので、こういった観点からルールを工夫することがボールゲームの授業全般で求められることは言うまでもありません。

先に紹介したタグラグビーの基本的なルール発展的なルールは、そういった観点から体育の授業で使うルールとして考えられたものであり、タグラグビーの種々の大会で使用されているオフィシャルなルールとは共通する点もありますが、異なる点もあります。たとえば、“タグラグビーの基本的ルールで紹介した「スローフォワード」は大会ルールにももちろんありますが、大会ルールに必ずある「ノックオン」はここでの基本的なルールでは反則としていないといったようにです。

ここでよく理解しておかなければならないのは、はじめてタグラグビーをプレーするときの基本的なルールでは、なぜノックオンは反則としないのか、ということです。生まれてはじめて楕円球を手にした子どもたちは、最初はその扱いに慣れないのでよくパスをとりそこねて前に落とします。つまり、タグラグビーを始めたばかりの子どもたちにとって、楕円球をキャッチすることは少々難しい面があるわけです。そのときに、ある程度経験を積んできた子どもたちが参加する大会のルールと同じにノックオンを反則としてしまうと、子どもたち、とくに苦手な子たちは失敗を恐れて積極的にパスをとりにいかなくなってしまい、いつまでもパスをキャッチすることができないことでしょう。だから基本的なルールではノックオンを反則としていないのです。

つまり、ルールを工夫することによって、子どもたちの実態からすると難しい面をやさしくするということが、ボールゲームのルールを工夫する際の重要なポイントとなるわけです。基本的なルールでは、「オーバーステップ」の反則が3歩以上走ってしまったら戻ってやり直しとされているのも、「タグの回数」を数えないで攻める側にトライのチャンスをたくさん与えているのも、その他いくつかの大会ルールとは異なるここでのルールはすべて、体育の授業ではじめてタグラグビーをプレーする子どもたちにとって、1時間めからタグラグビーのおもしろさを味わってもらえるような工夫として考えられたものです。

もちろん、それぞれの学校のそれぞれのクラスの実態はさまざまだと思います。したがってここで紹介した基本的なルールと発展的なルールをもとにしつつ、さらに各クラスの子どもたちの実態から見てルールを工夫することが必要な場合もあるかと思います。たとえば、ボール扱いに最初からそれほど問題がなければノックオンを早めにとったほうがおもしろいゲームになることもあるかもしれませんし、タグの回数は最後まで数えなくても適度に攻守交代が生まれるおもしろいゲームが続くこともあるかもしれません。目の前の子どもたちの実態を踏まえたルールの工夫が、よりよいタグラグビーの学習を導く前提となります。

そういった意味で、全国でタグラグビーの授業実践を見せていただく中でいろいろなルールの工夫に出会うのは嬉しいことですが、これだけはやるべきではないというルールの工夫にも時々出会うのです。それは、ボールを前に投げられないという「スローフォワード」のルールが子どもたちにとってとても難しいと考えて、最初は前へパスしてもよいというルールでおこなわれるタグラグビーの授業です。しかし、このルールでおこなわれるタグラグビーのゲームは必ず崩壊してしまうのです。なぜでしょうか。

タグラグビーは「攻守混合系」の中の「陣取ゴール型」に分類されることは先述の通りですが、このゲームにおいて「陣をとる」ということには、図1に示したように攻める側がボールを持って走ることで陣地を前進させるという意味と、守る側もボールを持って走ってくるプレーヤーに向かって前進しタグをとることで前進を止め、その地点まで守る側の陣地を進めるという2つの意味があります。したがって、タグをとることが成立した地点でいったん攻める側の前進は止まることになるはずですが、この後のパスを前に投げてよいことにしてしまうと、図2からわかるように、それまでに守る側が前進して獲得したはずの陣地は完全に無に帰してしまうばかりか、タグをとりにいったところで、タグをとられたプレーヤーは前方の味方にパスを送って攻撃は易々と継続されてしまうので、タグをとることは守る側にとって有効な防御手段にはまったくなりません。

図1 陣を取るということの意味


図2 前へのパスによる陣取の消滅

さらに前方へのパスが許されるのであれば、攻める側から見てもボールを持って走ることで前進するよりも、防御が手薄な前方のスペースへ先回りする味方にパスを送るほうがはるかに効率的で合理的な攻撃となりますから、そういったルールのゲームからはボールを持って走るランニングプレーも消滅し、結果として、攻める側と守る側の陣取そのものがなくなってしまうということになるのです。これは、単に技術や戦術の学習が崩壊したということに止まらず、「陣取ゴール型」のタグラグビーに特有のおもしろさを子どもたちは学習できていないという意味でも、学習が崩壊してしまっていると言えるのです。

ボールゲームの授業づくりにおいて、子どもの実態に応じてルールを工夫することはとても大切な教師の仕事となりますが、それぞれのボールゲームにはここを変えてしまうとそのボールゲームの特性が崩壊してしまうというポイントがあります。タグラグビーの場合は、故意ではないノックオンは反則としなくてもよいのですが、ボールを前に投げてよいことにしたら「陣取ゴール型」の特性が崩壊してしまうのです。タグラグビーの授業におけるルールの工夫では、ぜひこの点に注意していただきたいと思います。

蛇足ですが、スローフォワードというルールは大人が考えるほどには子どもにとって難しくないこともわかっています。

※小学館「公式BOOK だれでもできるタグラグビー」編著・鈴木秀人より引用

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